- #108
- 2023.11.08
祈ってください!!
(この記事はクリスチャニティ、キリスト教に深く関わるものです。
そのようなお話が苦手な方は、どうかお読みにならないでくださいネ。)
世界が不安定になっています。イスラエルはイエス様の生誕の地。
旧約聖書の時代からエジプトやアッシリア、他国の攻撃や侵略を受けてきた、
宗教的な戦いの歴史があります。
この時点においてその地から戦争が起きるということは
不謹慎な言いかたかも知れませんが——偶然とはとても思えないのです。
神様の導く方向は永遠に、命であり光です。
肯定であり慈悲、すべて痛みから人間を護り、回復させる力です。
戦争も争いもその真逆、死であり闇、否定、怒りや憎しみ、人間を虚無へと、絶望へと誘導する力——。
その甚だしい落差に殆ど目眩を感じます。 神の導こうとする方向と真逆にはたらく"負"の力には"正"の、"生"の=命のエネルギーで対抗するしかありません。
その方法は、祈ること。
どうか祈ってください。私も祈ります。祈りは無力ではありません。
祈りを無力、と人々に思わせることこそが、この世に負の力を行使するものたちの
主たる目的です。「たかが」自分の祈り「なんか」で物事が動くわけがない。
ましてや世界なんて。馬鹿馬鹿しい、祈って解決するなら誰も苦労しないよ。
——その考えこそが否定のエネルギーであり、自分のほんとうの力に、命に、
真逆の負の力で対抗してしまってるってことなのです——
偉そうに聞こえたらごめんなさい、でも本当にそうなのです。
祈りのパワー、エネルギーはひとりよりふたり、2人より3人、
それはやがて2倍、10倍、100倍にもなります。
私が勝手に言ってるんじゃありません(笑)!!聖書にそう書いてあります。
人間は無力ではありません。いいえ、神の前にはどんな人間も、 どんな「この世の力」も無力です。ただ神の力がはたらくとき、人間は強さをその身に、心に纏い、宿すことができます。
ダビデ王はそのように神に祈ったからこそ、他国のどんな侵略にも打ち克って(当時の)イスラエルを解放することが出来ました。
それでも再び、みたび、強国に圧倒され支配と侵略にひしがれる人々の前に、イエス様が誕生しました。その光はまさに命を否定する人々の力によって、十字架によって打ち負かされたようにみえました。
——しかしそれは勝利でした。イエス様は一度死んで復活し、命を否定し光を闇に堕とそうとする力、を無力化しました。
武器や武力によってでもなく、憎しみや復讐によってでもなく、
ただ愛によって。
この大いなる逆説こそがクリスチャニティの困難さ、試練であり、また素晴らしさであり救いだと心から感じます。
愛によって死を、命によって闇を打ち負かし打ち倒す力。
それが祈りです。主の力が私たちにはたらくとき、私たちが祈るとき、それは現実になります。
だからどうか祈ってください!!私も祈っています。
一緒にお祈りしましょう。。。なんて言葉がどんなに愚かしく、どんなに軽くアヤシく、笑っちゃうほど胡散臭く響くか——
私、解っているつもりです。
だから祈ってください!!——私も毎日祈ります。
=しょうこ=
(文中の神、祈り、主、という言葉は旧約聖書、新約聖書に基づいたものであり、いかなる自己啓発やスピリチュアル系の教義、キリスト教系の新興宗教とも関係がありません。)